8年前当家に2か月ホーム・ステーした青年(第1号米ペンシルヴァニア大マスター)から4年前の夏突然、結婚式とパーティーへの招待状が舞い込んだ。外国人の結婚式なんて二度とないチャンスと思い主人と参加した。 >> 続きを読む
私の小さい頃の父はいつも家にいた。お父様は?というと「お勉強」と小さな声で母が答えるのが常だった。私たち兄妹は静かに遊ぶしかなかった。 >> 続きを読む
父が退院してきた。小学校へ入学間もない娘は、私が父の部屋に入ったきりの寂しさから、一過性ではあったが、突然黒板の字が見えなくなると言う、... >> 続きを読む
日経新聞夕刊「明日への話題」欄に柴田翔氏の「複層的ヨーロッパ」という記事がある。45年前、ドイツ留学中の夏休みにアイルランドの首都ダブリンを訪れた。 >> 続きを読む
70代になって、もっと前に気付くべきだったと思うことが幾つかあることを記したい。そんなことは前から判っていたと言われる方があれば、それだけ私より幸せな方だと思う。 >> 続きを読む
日本の国連分担金は全体の19・5%で英、仏、中、露の四カ国(米以外の安全保障理事会常任理事国)の分担金の合計額を超えていた。 >> 続きを読む
その夜、王様の晩餐会では、私は主人と離れ、別の方にエスコートされて、ディナーの席に着くことになっていた。私は言葉が不自由な上、着物を着ていて、身動きも不自由だった?ので、お相手の方の気の使いようは大変なものだった。 >> 続きを読む
70代ドットコムとは、70代だけが集まって気勢を上げようというものではありません。
70代が他の世代と交流しつつ、独自の役割と貢献を果たすことを目指し、存在感のある豊かな人生を過ごすことを目指すためのホームページです。
現在は主催者である私の文章しか掲載していませんが、もしも輪が広がってゆけば、皆さんからいただいた情報の公開や、日常の簡単な作業をお手伝いするボランティアの募集・代行など、活動の幅を広げてゆきたいと考えています。
私は70歳になることに前々から大変興味がありました。
自分がどうなってしまうのかが一番の関心事で、文字どおりの老人を描いて、準備を考えなくてはと密かに周りを見回していました。
しかし、尊敬している日野原先生の講演で、人は年をとったら何か新しいことを始める事というご意見・ご提案を伺った時、私の考えは変わりました。
今までの私は、静かに年をとる方法に終始していたことに気がついたのです。
現実の自分を考えてみると、思い描いていたような老人ではないし、70歳の誕生日は楽しい一日でした。
姪たちの「叔母様のようだったら、私たちも70歳になっていいわ」と言う言葉は大きな贈り物になりました。また娘はホームページで伝えたら楽しいと教えてくれ、共に70代の夫も賛成協力を申し出てくれたので、今回の運びとなりました。
2006年4月12日
70代ドットコムを考えた日
70代ドットコム主催
妹尾 桃子
1.私は70代に入って三年目である。私のみる70代とはどんな時代か。
それは夫々の人生に一つの区切りをつける時代である。
多くの人にとり仕事一筋の時代は終り、捉われない気分で過去を振り返り、将来を見つめる時代である。それは結果として生き甲斐の時代である。
2.それは人によっては死がより身近になる時代でもある。
それをどう受け止めるかは人により異なる。死を見詰めつつ生きる人もいる。死を見たくないと思いながら生きる人もいる。
今の私にとって死が訪れる時は分からない。明日突然遣って来るかも知れないし、20年も30年も先のことかも知れない。
それは自分が決めることではないので、一日一日を大事にしながら、自分が決めることの出来ることに専念した方が良いと思う。
3.ではどういうことに専念するか。自分がしたいと思うことに専念することである。
かって遣りたいと思いながら出来なかったこと、今突然遣りたくなったこと等がある。
今までの生活をどう変えるのか。今まで通りに続けたいと思うのなら、そうすれば良い。
唯、年とともに、今まで通りに行かなくなるものもあり得る。それに気付いた時には率直に認め、無理をしない方が自分の為にも、周りの為にも良い。
4.今やって見たいことには何があるか。私は三つのことを挙げたい。
その一は、人の為になることをすることである。
その二は、人に頼まれたことをすることである。
その三は、何か新しいことをやってみることである。
こうやって生きて行ければ70代は生き甲斐の時代となる筈である。
5.人の為になることは楽しく、自分を幸せにする、この上なく贅沢なことである。
若い時でもそれに変わりない筈ながら、日常それを基準として行動出来るとは限らない。
70代はしがらみに捉われない時代であり、今ならもっと自由に、それが出来る筈である。
身近なこと、此れまでの経験が生かせること、新しく思いつくこと、千差万別の筈だ。
私は外国では何処でも、そこの人達に親切にされて来た。だから、在日外国人が日本社会に溶け込めず、苦労しているのではないかということが気になる。私の仲間に留学生の代父的役割を続けている友人がいる。私も何か出来ることがあるのではないかと思う。
その他、宗教を求める人へその機会を提供したり、若い人達に人生のことを伝えたり、楽しいことを友人と分ち合うことなど、が出来るのではないかと思う。
6.人に頼まれたことは原則として何でも最善を尽す。
70代ともなれば、多くの収入を齎すようなことはあまり起こらない。それが普通である。
その積りで何でも引き受けていれば、人の役に立つことに生き甲斐を感じるようになる。
これまで収入を得ていたことの総てが人の役に立っていたとは限らない。
だから、遅まきながら、収入になろうがなるまいが、他人の役に立つことを一生懸命するのは悪いことではない。収入に成らなければならないほど、相手は確実に貴方に感謝する。貴方もそういう無償の恩恵を他人から受けたことがある筈だ。
7. 70代は分ち合いの時代でもある。
70代をどう受け止めるか、人により意見は異なっても、その日々を大事にして行きたいという点では変わりない。70dai.comはそういう70代の方たちのために考案された。
70代の喜びの一つは分ち合うことである。若いときは分ち合えないことでも、70代なら分ち合える。70dai.comはその分ち合いを目指して生まれた。
この際、目の前の扉を開いていただきたい。より納得のいく、充実した、生き甲斐のある70代への道案内、ヒントがそこにあるかもしれないからである。
皆様のお役に立てればこれほど嬉しいことはない。
2006年11月15日
妹尾正毅