娯楽/Recreation

父からの贈り物

 その夜、王様の晩餐会では、私は主人と離れ、別の方にエスコートされて、ディナーの席に着くことになっていた。私は言葉が不自由な上、着物を着ていて、身動きも不自由だった?ので、お相手の方の気の使いようは大変なものだった。それぞれの方々は楽しそうにお話をしながら、席につかれた。私の心細さは最高潮に達していた。お相手の彼は言葉のつたない私に親切に話しかけ、たぶん、はた目には会話がはずんでいるように見えたと思う。
 途中、音楽の演奏があったり、お相手の楽しさで、いつの間にか私も充分ディナーを楽しんでいた。彼が貴女のお父様も音楽がお好きですか?と尋ねたとき、突然私はおしゃべりになった。私が小さいとき、父に「お父様はどの音楽が好き」と尋ねたら、父がグリークのソルベークの歌が一番好きだと答えたので、私は男らしい父のイメージに合わず、落胆したこと、でも今グリークの国にきて、美しいソルベークの歌を好きだといった父のことが理解できる等々、一気に父のことを喋った。彼はよくわかります、良いお父様です。と食事中なのに、私の肩をぎゅっと抱いた。私は喋り過ぎて少し恥ずかしかった。やがてディナーパーティはお開きとなった。
 次の日の夕方、主人はオフィスから大きな包みをもって帰宅し、貴女にプレゼントがきた、と言った。昨夜のお相手は石油会社のオーナーでもあるけど、彼はまた音楽会社の方でもあったそうで、CDをたくさん下さったとのこと。お父上の大好きなソルベークの歌も入っていると伝言もあった。え?それでは私の話で彼は理解できたのね?私は本当にびっくりした、私の不自由な言葉で。そっとCDの山に聞いてみた、「あなた達天国のお父様に頼まれたの?」

千の風になって

 いとこ夫婦の誘いで、シーズンオフの軽井沢へゴルフに行った。
一泊する予定でもあり、ゆったりと気分も上々、ゴルフの出来もまずまず、晴天にめぐまれ、楽しいことこの上もなかった。
 車で帰る道すがら、かけてくれたCDを聴いた途端わけもなく、悲しみがわきでて、心が苦しくなってしまった。その曲は繰り返され、バリエーションが続く。もっと聴いていたい、だけどもう耐えられない、と気持が揺れた。気がつくと私は「もうCDを止めて、わたし悲しすぎるわ。」と言っていた。
 うろ覚えのその曲がやがて 千の風になって であることが分かった。いとこ夫婦が随分早々とそのよい曲を聴かせてくれたのだった。
 私の誕生祝いにその曲を贈ってとお願いした。従妹はやっぱりねと言うトーンで、すぐにプレゼントしてくれた。
 怖いもの見たさに似た感情で、頂いたそのCD 千の風になって を聴きいた。
 新井満さんのその曲は私をたっぷりと、また素直に、恐ろしがらせ、救いのないような寂しさに神を求めて泣かせてくれた。しばらくの間聴き呆け、そして従妹へメールをした。頂いた音楽は本当に魂を絞るほど哀しいのですが、何回も聴いていくと、安心感が生まれて、終わりには安らぎを感じました。子供の頃、うんと泣いて、そのあと、すっきり、安心感が戻ってくるような感じです。と

音楽・旅・演劇・etc

 私たちの青春時代は、同時多発的に色々な音楽が耳から、ふんだんに、もっと言えばいやおうなしに入ってくるラジオの時代でした。規律正しい学校の音楽の時間を飛び越え、まったく新しい、壊れたようなリズムに、こんなことを口にしても良いのかと思うような歌詞にびっくりしたり、急いで英語の辞書をひいたりしたものです。

 国民歌謡のすばらしいものもありましたが、ジャズ、タンゴ、ブルース、ハワイアン、ウエスタンと枚挙にいとまがないほどのジャンルの音楽に、私たちは新しい音楽の魅力とその背景の豊かな生活を思い浮かべ、想像の世界へ夢を膨らませました。
 一方で、クラシックをこよなく愛する両親に「あなたは困ったアプレで、そんな軽薄な音楽を聴くのは不良です」と何の根拠も無いのに言われ、悲しい顔をされたのはこたえました。今なら国中が不良です。
 それでもたくさんの音楽を耳の名残りに持ちながら、自分の好きな音楽を選択して暮らしてきました。

 不思議なもので、クラッシックは主食のような存在なのか、無しでは過ごせません。夫がクラシック好きであることも大きな要因かもしれません。長いことN響のBプロへ通って楽しんでいます。
 ふと見回すと杖を使う方あり、同伴者が必要だなと思う方あり、勿論車椅子を使用される方もあり、白髪まじりのお頭がたくさん伺えます。
 私たちも座席を決めるとき、一階に固執したことを思い出したのですが、きっと高齢者への色々な良い方策をコンサートホールは考えているはず。私はすぐに入れる多目的洗面所とその案内があれば良いのにと思います。そうすれば、もっと沢山の人がコンサートを楽しめるはずです。

 外国ではホールがオープンする頃、大型バスが到着して、思い思いのおしゃれをしたお年寄りがたくさん降りて来られるのを目にします。ボランティアの方の数も同じぐらいだったのが、とても印象に残りました。このバスの到着を合図にホールは活気づき、人々が集まり、コンサートが始まるのです。
 なぜか私たちは勿論、皆が満ち足りているように見えました。

お休み処 〜カトリック教会

 散歩の途中でも、丁度教会を見つけたときでも、寄ってみてください。又ホームページで探して、行ってみたい教会へ散策の途中よるのも素敵です。なにもイタリアまで行かなくても、旅行中の気分で中に入ってみてはいかがでしょうか。
 聖堂は(お御堂/おみどう)と呼ばれていますので、敷地内でおみどうは何処ですか?とたずねたら、判りよいかもしれません。

 聖堂は神様と出会い、祈るところですから、静かにゆったり過ごせます。もちろん、中も見廻して好奇心も満たしてください。中央の祭壇の手前までは進むことが出来ます。祭壇の中をよく見ると、赤い小さいランプがついています、これは聖櫃の中にご聖体(パンのかたちをしたイエスキリスト)があることのサインです。散歩の疲れを取るのもいいでしょうし、心配事を神様に話して祈るのも良いでしょう。又他所へお邪魔したときのように、「拝見します」でもいいのですが、教会はあなたの場所でもあるのです。 

 私が心配なことは、たまたま教会で最初に出会う人のことなのです。普通、教会で出会う人は寛大で、すべて受け入れてくれて、親切で奉仕的でと思いがちですが。人には理解力、説明能力、表現力さまざまです。
 概して親切を感じますが、てきぱきしすぎたり、要領を得なかったり、もどかしさが不満になることもあると思います。
 それでも神様は教会で皆をいつも待っています。一度聖堂で休んでください。

カトリック東京麹町 聖イグナチオ教会 聖イグナチオ教会

ペンショナーズのコンサート

 先日、うわさのKKRプラチナペンショナーズの公演に行った。この日は1950年代青春の思い出「オールディーズ名曲集」が演奏された。ホテルの瑞宝の間は出演者も聴衆も多くは紛れもなく、ペンショナーズ(年金受給者)、しかも活気に満ち溢れ、すばらしいひと時になった。

 ディナーブッフェが5時スタート、6時演奏開始。バンドの編成はアルトサックス、テナーサックス、トランペット、トローンボーン、で8人、ピアノ、ベース、ドラムス、ボーカル。プロフィールを見ると、1928の方と1930代前半生まれの方が多く、進駐軍放送でジャズに魅せられ、楽器を持った人の時代、「シャープス&フラッツ」「渡辺弘とスターダスターズ」「東京キューバンボーイズ」等々で活躍、また学生時代の音楽活動をやめ社会人の生活を経て、今再び戻り、演奏しているなど書いてあった。

 演奏は、音色よく美しい成熟したテクニックを聞かせ、時に力つよく、時にセンチメンタルにまた物憂げに、なつかしい気持を引っぱって行ってくれた。白髪の上品なプレーヤーの、まさにプラチナの姿と演奏に聴衆は惜しみなく拍手と声援を長い間送った。演奏の最後に一人ずつ自分の演奏部分を終え、舞台を降りて行くプレーヤーの姿には格別心打たれるものがあった。
 やがて会場はお開きとなり、三々五々と会場をでた。驚くことか、会場の外には演奏したメンバーがずーっと一列に。誰も彼もが互いに握手をかわし、名残を惜しんだ。ペンショナーズならではの飾らぬ気持。

気に入ったCDのご紹介

 憶えていますか私たちが、ロックンロールのリズムに戸惑い、ハワイアンに慰められ、ダンスパーティー全盛だったころを。そしてあの頃のピュアな感受性を。
 最新の大輪さんのCD(Legend of Hawauuan Guitar YOSHIO OWA BEST SELECTION)大輪好男 ベストセレクションを聴いて一足飛びに、澄んだやさしい気分と高揚を取り戻した。なぜ? 今バリバリのスーパーテクニックの大輪さんの音と演奏の中に、こんなに馴染む心地よさあるのだろう。
 大輪さんの弦から出る音は無限。チャイナマーブルときれいなガラス玉が飛び出して、ポコポコポコポコ互いにはじいたり、激しく饒舌だったり、甘く引きずられたり、魔法の音が続く。編曲は言わずもがな上等、彼の作品、唄声も抜群。まずはこのCDを一人でそっと聴いて見て。胸の高鳴りを思い出すこと請け合い。

大輪好男さんの公認ホームページはこちら
http://www.imagination.ne.jp/owa/